| (1)日撫(ひなで)神社〔顔戸〕(ごうど) |
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謎につつまれた歴史探検はここからスタート
国土経営の神・医薬神・無病息災の神である少毘古名命(すくなひこなのみこと)と神功皇后の父である息長宿禰王(おきながすくねおう)と皇后の子、応神天皇をまつっています。神功皇后が、挑戦の国々と戦った後、それを記念として建立したと伝えられています。社宝として薬師如来の懸仏(かけぼとけ)と小野道風自筆の下乗札(げじょうふだ)が納められています。なお、梵鐘(ぼんしょう)は鎌倉時代に造られたもので県文化財に指定されています。鎌倉後期・承久の乱の直前に後鳥羽上皇が訪れ、里人の相撲を観覧し黄色の牛を奉納したことから、秋祭りの9月15日には古式相撲〈角力〉が行われます。
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(2)山津照(やまつてる)神社と古代豪族の古墳〔能登瀬〕(のとせ)
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出土例の少ない五鈴鏡
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閑寂な山すそで眠る古人(いにしえびと)
祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)で息長氏の祖神をまつったといわれ、明治時代に発見された前方後円墳は息長宿禰王(すくねおう)の墓であるという説があります。横穴式石室から出土した五鈴鏡(ごれいきょう)・馬具・刀子などの副葬品は文化財になっています。その中でも五鈴鏡は出土例も少なく、鏡縁のまわりに五箇の鈴をつけたわが国独自の様式を示しています。また境内の若宮八幡宮の木造の男女の神像は伊邪那美命(いざなぎのみこと)と伊邪那岐命(いざなみのみこと)あるいは宿禰王とその妃であるともいわれています。祭礼は5月5日に武家奴振(ぶけやっこぶ)りが9月11日には奉納角力(ほうのうずもう)が行われます。
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(3)総寧寺(そうねいじ)〔寺倉〕(てらくら)
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幽静な情緒がただよう禅寺
600年前の永徳年間、近江の守護・佐々木六角判官によって開山され、亨禄年に兵火にかかった後、新庄氏によって再建されました。安国山と称し、曹洞宗中本山ともいい、本尊・木造釈迦如来像をまつっています。枯山水の庭園は、巧みに配された立石とスギゴケで格調高く、落ち着いた雰囲気をただよわせています。
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(4)西円寺(さいえんじ)〔西円寺〕
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自然美をそのまま借景した江戸時代の庭園
山号を大雄山と称し、南北時代に仁空にて建てられたという天台宗のお寺でしたが江戸時代に黄壁宗になりました。本尊である木造聖観世菩薩(秘仏)や数々の寺宝が安置されています。境内には江戸時代前期の作で琵琶湖形といわれる池庭式庭園や樹齢600年になるモッコクがあります。また山腹には織豊時代の箕浦(みのうら)領主の今井兼六のお墓があります。
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| (5)岩屋善光堂(いわやぜんこうどう)〔岩脇〕(いおぎ) |
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眺めの素晴らしい見晴らし台は清水の舞台をおもわせる
推古天皇時代、たいへんな仏教信者であった本多善光(ほんだよしみつ)が三尊の仏像を長野にお連れする途中にここで休憩しました。そのときみた神の夢のお告げにより仏像の分身像をここに安置したということです。以来、信州長野善光寺の分身として崇拝されています。お堂は宮山の中腹に舞台造りで建てられています。山の岩肌が荒々しくあらわれている堂内には石造りの阿弥陀如来像が安置されています。無病息災・家内安全・諸願成就などのご利益があります。 |